inumeshi20’s diary

楽しみ第一の自己啓発読者

感情を整理してラクになる

 感情を操るために

 

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(感情を整える ここ一番で負けない心の磨き方 桜井章一 著 PHP文庫)

 

自分の感情に流されるままの人は

その流れを把握しないでいるため

余計な苦痛を味わい続けている。

以下の通りに対処していけば、

なくなることはなくとも

ラクにはなれるはずだ。

 

 

感情は本能的なモノ

 

我々の持つ感情は現代社会では劣ったモノとみなされる。

 

機械を多く仕事場で利用していることで、

計算、効率、速度を尊び、

人間的、感情的、面倒さは排除されがちになる。

 

しかし、社会を作る人間の一人一人の感情を無視されていては、

膨大なストレス、緊張、不安、恐怖を産んでしまう。

 

現代の社会、会社、組織ではますます

非人間化が進んでいくばかりで、

個人に対するケアは皆無になってしまう。

 

個人では各々が意識して

自分の感情の整理、管理、治療を

施していくのが大事だ。

 

感情はバランス良く出す

 

悪者になってみろ!

 

感情をあまり出さないが、

あえて悪人のフリをして

真面目なだけの自分を捨ててみる。

すると、真面目さを捨てることに楽しみを覚え、

攻撃的な感情を出すことでかえって

普通の感情を出せるようになる。

 

理屈としては、街の不良を演じることで

感情を隠していた壁が壊れ、

色々な感情が素直に出せるようになるという具合だ。

 

そして、感情を出すsとたくさんのことに気づける。

汚れたら掃除する

人が来たら、率先して相手をするなどという

簡単なことも、感情を出さないでいるとやろうとしない。

 

感情を隠す時は鈍感でも

常に出していると敏感になれる

 

現代の人々は小さな頃から

自分の感情を隠すことが当たり前になっていた。

 

しかし、真面目を延長上で感情を出すのは難しい。

 

そこであくまで、一時的に”ワル”を気取って

自分の感情を全て出してみる

 

その過程で気持ちに整理がついて

落ち着いてきて、行動できるようになる。

 

 不安は速めに対処する。

 

仕事、学業、対人関係、などで問題を感じたら

それぞれを拡大解釈して不安を深めないようにすることだ。

 

不安は感じても囚われてはいけない

自分一人を優先させると恐怖、不安、孤独はつのる。

人と共有できると何もかもが増えていく。

 

自分一人を優先させると依存心も強くなり

それがまた不安や後悔、怒りを促進させる。

 

喜びを体験する、増やしていくことで不安は減っていく。

 

変化を求めて、自分から動くこと

意味を考えすぎて動けなくなると時は

一切何も考えないで動いてみる

人が何かをする時は意味はたいしていらない

 

作者の言う”うつ”とは心が動かなくなった状態だ

身体も心も止めてしまっているから

何も感じなくなるのだ。

 

興味が湧いたり、人に誘われた時は素直に動いてみる。

 

 泣きたいときは泣け

男は泣くのは恥と子供の頃から

周囲に押しつけられてきた教えが

その人を苦しめている

泣くことで感情の流れが良くなるなだから

心身共に健康になれる効用の高い動作なのだ

 

この作者も人前で泣くことを恥とは思っておらず

強面を売りにしているイメージとは想像もつかないが

日常的にしているらしい。

 

悲しいときは大いに泣いた方が

立ち直るのも早いと良いことずくめだ

 

作者桜井章一氏は長年プロ麻雀士を務めてきて

一般企業に勤めている人達とは

環境や立場も大きく違うと言える人だが、

人に対する理解は深く、

どんな欠点を持つ人にも嫌悪感を持ったり

排除しようとしない心構えで接する。

 

この本は学校であるような、

はっきりした問題と正解があるわけではない。

 

また現在出回っている自己啓発書のように

読者主体の内容や文章構成を成しているわけでもなく、

本人が思ったことを、

特に脈略もなく語っている。

 

しかし、ここで考える過程が

人々の色々な局面で役に立つことだろう。

 

 

選択で幸福を

選択で苦しまないように

 

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(究極の選択 桜井章一 著 集英社新書)

 選択でラクに幸せに

 

この本はいわゆる学校的、

道徳的な正解を示してはいない。

教育義務でお決まりの結果の是非ではなく

それまでのプロセスを重視した本だ。

 

常識や人の希望より

本人主体の選択を少しでも多く

増やしてくことを挙げている。

 

著者ご本人は普通企業に勤めずに

麻雀打ちという、我々にとって極めて

特殊な世界で勝ち続け、これまで不敗を誇ってきた。

 

しかし、世間から嫌われるような生き方を

本人は推しているわけではなく、

現在の(この本では2018年)

過酷すぎる社会人の立場や苦境を

良く理解して、様々な質問に

包み隠さず答えている。

 

質問はかなり多く、30以上ある。

 

例えば、

 

”地球で最後の一人となったらそれは人間と言えるのか

 

というお題に、

 

現在では進んで人との関わりを避けてる人が多いが、

その人々は無人島で生きているようなものであり、

そういう人々は極端に自分の否定な部分を嫌っているがために

現在の社会との交流を断っている。

自分の否定したい部分に、ある程度肯定できる部分を

探すことが大事だと主張している。

 

”人は差別をなくして生きてはいけないか?”

 

という問いに

 

差別は単に「自分は他人より優位に立ちたい」

という、誰もが思いつく優越感だけでなく、

自分の安全や存在を脅かすためにしてしまう、という指摘。

 

自分の安全範囲を侵す危険のある存在を

無意識に排除しようとする恐怖から来ている。

 

我々は自分達が平均の清潔感と

エチケットを持っているなら、

ひどく汚らしい人達を嫌がり、

何も言わずに距置を置く。

(よほど偏見のない人は別にして)

 

こちらが嫌がっているのに

向こうからやって来たら

露骨に拒絶するはずだ。

 

(この場合はマナーがなっていない

人物が、まず責められるべきだが、

差別はいけないというルールなら

何よりも拒絶が非難される)

 

つまり人が生きていく上で

必然的にしてしまうことなのだ。

誰もが自分は無関係とは言えない。

 

「いじめや差別はいけない」という

どこでも見かける学校的、道徳的回答では

こうした狂気をなくすことはできない。

 

誰もが持っている暗い部分と受け入れ

共に生きていくしかないようだ。

 

このお題にお手本になりそうな解決法の例は、

桜井章一氏の主宰する「雀鬼会」という

雀荘のコミュニティー内に、

世間では性格、感覚的に避けられそうな

人々も結構いるらしい。

 

ただこの集まりは異質な人々を

排除しようとはせず、積極的にメンバーの輪に加え

彼等の個性を尊重して新しい喜びを分け合う

という理想的な交流をメンバー同士で行っている。

(主催者の桜井氏の考えや理念の影響もあるだろうが)

 

もちろん、誰もがこういった前向きな

解決策を行使するわけではないが、

この本を見てそうしようと決意する者もいるだろう。

 

最強麻雀打ちとして、メディアでもよく取り上げられてきた側面もあるが

それとは別に、桜井氏の他人に対する真摯な態度に好感を持つ者は多い。

年齢から来る落ち着きや成熟した姿勢もあるが

作者の昔からの考えや哲学は(本人は嫌がる言葉だが)

読む人の心をリラックス、余計な心配や不安を

和らげてくれるだろう。

 

他には

”人の肉を食べないと生きていけないとしたら”

 

”死ぬ確率が高いスポーツで1億円もらってするか”

 

”仕事にやりがいを求めるのは正しいか”

 

と言ったなかなか答えにくい、きわどいモノもある。

 

繰り返すが、作者の選択と読者のそれらを答え合わせや、

一方的な作者から読者への服従、賞賛を強要しているわけではない。

(そもそも世代的に問題も選択も開きがでるはずだ)

自分ならこうする、常識や伝統を必要なら無視したり、

逆を行ったりして、その都度、自分の思うような選択をして

自分の人生の方向を決めて欲しいという作者の希望である。

 

 

 

工夫が大事

 

努力を減らすために

 

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(努力しない生き方 桜井章一 著 集英社新書)

 

工夫が大切

努力するのは苦しいことだが

工夫は楽しくラクに続けられる。

 

現在の環境は力の入れすぎが分からない。

まずはその自覚から始める。

 力を抜くのはゆっくり息を吐くことで治る。

 

期待はしないほうがうまくいく。

その方が余裕を持てるから

期待は一瞬感じて

あとは忘れるべき。

 

TVや雑誌では、自分には足りないと思わせる、

見た目も学歴や職歴も華やかな人を出してくる。

そのことが見ている人に見えない圧力を与える。

”足りない”と思う気持ちはストレスをうむ

現代社会の構造的なもの

 

10を求めず6を活かせ

残りの4は余計かもしれない

 足りないことに目を向けると

持っている力をムダにしてしまう

 

まずは6を活かし残りの4は忘れることにする

すると自分は充分恵まれていることに気づく

 

断食を知り返すと

おかゆと漬物だけで、

ものすごくおいしく感じる人は多い

普段のそれ以上の豪華な食事は

美味しくなかったという意味だ。

 

仕事は休みながらやる

速く歩く、走るように仕事するのはいいことではない

失敗が多くなり、精神も削られる。

仕事は速く楽しくやるコツをつかむこと

機械的にこなすだけでなく、

自分の記録をラクして超えようと工夫すること。

 

日常でゆっくり動く中でも感覚を鋭くしていく

速く動こうとすると感覚は鈍くなる

自分の周りを敏感に感じていると

速く動けるようになる。

 

問題ばかりを直そうとしない。

遅刻をしてしまう人に

叱りつけるのではなく、

早く着いた時の本人の気持ちや余裕を

体感させたり、強調すれば変わるはず。

 

”意味”がないと呼吸が深くできる

「人の持った命は何か大きな事に使うべき」と力むと

それ以外の営みは認めないということ。

人生にはムダや非合理がたくさんあっていい

気持ちはずっとラクになるし、

意味はないと決めた方が動きやすい。

 

クイズ番組が後をたたないのは

 

1.手っ取り早く番組をつくれること

  どこにでも種はあるのだから

 

2.知識や情報を知っていることが価値がある

 

3.現代の人は”答え”を欲しがっている。

 

現在の世の中は

明日には昨日までのことが

変わってしまうこともある。

そんな不安がたくさん”答え”を知っていることが、

安心させてくれるからだろう。

その答えがその場しのぎであっても・・・

 

だが人が生きることは謎である。

人間以外の生き物は意味をそれほど求めない。

”分からない”ことは生きることを豊かにする

 

 

目でなく音を拾う

聞くことは本能に近い

音は人の持つ本心を露わにする

企む人は嫌な音を発する。

(麻雀で牌を切る時に筆者は

その音の中に何かを感じるらしい)

 

「引き算」は人に譲ること、あげること

自分に足してばかりだと行き詰まりやすい。

 

尊敬は偏った学び

洗脳的な意味を感じさせるもの

むしろ自分が下と思っている者を

よく見て学び取った方が得られるモノは多い。

 

止まって休むという感覚は

また疲れることになる

力が入っているから休むとは

違う動きをして変わるという感覚だ。

同じ環境に戻っても

以前とは違う動きになり疲れ方も変わる。

 

 子供は教えるのではなく接する

子供には気づかせて教えない

学習者は気づけば

自ずから必要なことを

あるいはそれ以上を

学び出すだろう。

  

健康はラクに、無理しすぎないことが大事

はりきりすぎると無理が来る。

 

筆者、桜井章一氏は麻雀界で不敗を誇った腕を持つ方で

それゆえ、ご自身の置かれている状況は、

我々とはかなり異なるが、

人や物事に対する深い洞察や思考で

(本人はさほど考えることを得意でないと言っているが)

人々の悩みを偏らない意見でアドバイスもしてきた。

 

一見、好き勝手に語っているように見えるが、

本音を隠さない言い方に、

しっかり責任を持ってきた信頼できる人物である。

 

なにぶん自己啓発とは言えない気もするが

悩みやムダな力が抜けられる原理を得られ、

力の入った自分をラクにしてくれる本である。

 

セルフイメージで幸せに

幸せを選ぶには

  

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(あなたはできる ジョエル・オスティーン 著 早野依子 訳 PHP)

  人は考えたことを手に入れる

人は毎日考えたことを実現しようとする

良いことばかりを考えれば、それらが形になり

逆に、悪いことしか頭になかったら、その通りになる。

 

ある人には幸運ばかり、

一方、違う人には不運ばかり起こるわけではない。

様々な現象を自分の基本的な価値観に沿って

解釈していく。

自分の考えに即したものを拾っていく。

そぐわないものは無視されるワケだ。

 

とはいえ、現在自分の考え方、

見方が嫌だという人もいるだろう。

その場合自分の視野を広げる必要がある。

どうやって?

自分に良い言葉を話すことで。

 

セルフイメージ

セルフイメージ

自分に向ける言葉である。

毎日自分に何か話すことで

人は自分の脳を反応させている。

 

自分を認めている言葉

やがて能力のある、魅力のある自分を作っていき、

逆に何をやっても冴えない自分を描くような言葉は

本当につまらないと思われるような人になっていく。

 

人は毎日、自分をどう思っているかで

話し方、考え方、行動の仕方が変わってくる。

多少は毎日にブレが生じることがあっても、

長い目で見て、普段から想像していた自分の姿を完成させる。

ということは、健全な自己イメージを持つのは

幸せの基本のようなものだ。

 

自分に対して良いイメージを作ることは

内側から変えていくこと。

日常に良いことを期待することも

それに負けないくらい大事なことであり、

それが外側から変えていくことに当たる。

 

毎日自分の身の回りに起こる出来事に感謝していくと

それが大きな幸運に出くわすこともある。

 

大事なことはちいさなコト

まずは小さなことから

目に入るようにして、

そのことに感謝していくことが大事だ。

小さなことに気づけば、

色々な所で良いことが起きていると感じられる。

 

例えば、自分の目の前にパッと写る10個の事が

良いことばかりか、

悪いことしかないか、

という判断は1日、1日で見て

それが人生という長い期間で見たら

とてつもない差が出てくるだろう。

 

引いては、その量が人の幸せか不幸かを

最終的に決めるのかも知れない。

 

私達は幸せになるために生まれてきた

本来誰もが幸せになるために生まれてきたはずだが、

生きていく途中で悪い出来事出来事に影響を受けて、

そのことで自己イメージを傷つけられてしまうことがある。

そこから立ち直れなかったり、

悪い方へと自分を変えてしまうこともある。

一番良いのはそれらに囚われないことだが

そうはいかないこともある。

人間にならよくあることだ。

 

自分に許しを持つ

そんな時は自分を許し、相手を許していくことだ。

 

自分がどうしても許せない時はそのまま

神に任せてしまってもいい。

自分にとって納得できない過去や、

自分にとっていつまでも嫌な印象を残す人は

自分ではどうすることもできないと認め、

より大きな力に任せることも良い選択と言える。

(もちろん、自分のしてしまった失敗や間違いも含めて・・・)

 

ノリの良い神父様!

この本は全米でも指折りの大教会の牧師が

人を叱るためでなく

自分のことを好きになるように説いた本である。

聖書の引用を人の罪深い心を悔い改めさせることではなく、

(よくある神父に対する嫌なイメージは一切無い)

人間そのものを全体的に容認しようという姿勢は

読む者の心を唱えて離さない。

 

どのページも手抜きがなく

一ページめくる度に優しさと勇気をくれ、

訳者の早野依子氏の見事な訳も素晴らしい!

まさに誰にとっても救いはこの一冊にある。

 

「あなたがたは、主にあっていつも喜びなさい、繰り返して言うが喜びなさい」

(ピリピ人への手紙第四章四節)

 

ベンツを自己啓発で

学歴も仕事もなくてよし

 

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自己啓発書を読んでベンツを買った話 チェ・ソンラク 著 吉原育子 訳) 

 この本は、具体的な行動に焦点を当てた物ではなく、本を読んで叶えていくというプロセスについて記した本です。

 

自己啓発でベンツを?

まずは軽く読んでみる

読者が自己啓発書

不信感を抱いている段階では、

あまり深く考え込まず、

さっと目を通す感じで読む。

例えば、他に好きな分野の本を読んで

気分を変えたい時に読むでも良い。

 

一度だけでは、どんな本も

忘れてしまうので繰り返して読む。

(ただし、楽しいということが前提で)

特に何かを学んでやろう

すぐそれを実践してやろう

という気持ちがなくとも結構。

 

読んで楽しむことが第一で

楽しめなかったり、

読んでて気分が悪くなったりしたら、

その本をやめてしまうか

他の本を読むくらいでいい。 

 

どんな人でも

何度も読んでいるうちに

それらに書いてある通りに

自分の目標を具体的に

紙に書いてみようとなるはずだ。

 

目標は数字で

その目標は大金が欲しいという

漠然としたものではなく、

1億円欲しいという感じで。

数字に置き換えて書いていくこと。

やはり、数字というものは

イメージしやすいからだ。

イラスト、写真があるとさらに良い。

 

人間は書かなくては忘れるが

書いて毎日眺めれば

少しずつその目標を考えるようになる。

思っていることは

口に出して言ってみたり、

形にすると実現しやすいからだ。

 

(ただし、人にその目標を見せるかどうか

といったことは、その人の気質次第と言える。

人と共有できる法が簡単に感じるなら、

自分の周囲に元気良く言えばいいが、

逆に言ってしまったことが

重荷になる人は言わない方がいいだろう)

 

実践は慎重姿勢で

それを忘れない程度に繰り返し、

今度は実際に何かをやってみる

ただし、何度か失敗しても

良いくらいの気持ちで。

失敗率を高く見積もることは

決して臆病なことではない。

 

多くの人が間違えがちなのが

一度で夢を叶えようとする姿勢だ。

早起き、減量などの

簡単なことならまだしも

分からないことだらけの分野で

(例えば、起業やメディア進出など)

いきなり合格点は取れないはずだ。

 

逆に、失敗を多く見積もっておけば、

結果が出なくても気分を

必要以上に落とさないで済むし、

挑戦を増やせば、コツもつかみやすくなる。

 

誤解される自己啓発書

自己啓発書は読む人を

明るくさせてくれる。

内容は読んで難しいと

思えるようなものではなく、

速く読めるし、飛ばし読みでも問題ない。

(よほど読書が嫌いでなければ)

 

人の好みはそれぞれでも、

学力の高い勤勉家は

この類いの書をとかく下に見るのは残念だ。

彼等が愛する古典的名著のことだが、

暗い話が多く、確かに勉強にはなるが、

行動したくなる気分には

ならないことが多い。

 

一方、自己啓発は内容は

古典と比べれば格段に速く読めながらも、

読んでいる人の気持ちを切り替えたり

積極的になりやすくなるという

評価できる特徴がある。

 

読む人に良い気分を与えてくれるなら

それだけで存在意義がある。

気分が乗っている方が、何かをやろうという

気分にもなれるものだし。

 

 ある程度の歳になったら

ある年齢を重ねた人には

自信に変化を与えるのは

難しく思えるだろう。

(別に悪いことではない)

 

人はそれなりの程度の年齢に達すると

社会的に家庭的に身動きが

取りづらくなるものだ。

 

しかし、そう思えても、

自己啓発書を読み続ければ

簡単に起こせる。

(少なくとも気分だけは)

 

何度も読んでいれば、

どんなに腰が重い人でも

やがて小さなことを始めるはずだ。

自己啓発書の必要性は

そういった人達のためにある。 

 

この本では作者は、

どんな本を読んで

どんなことをすれば

ベンツを買えるとは

はっきりとは示していなかった。

(それと何クラスのベンツかも)

 

おそらく、本を読んで、紙に書いて

実行していくというプロセスを

強調したかったのだろう。

だが、実現のプロセスそのものは

どんなことにも応用できる

頑丈で確かなものであるはず。。

 

なお筆者自身

自己啓発を読んでから

ベンツを買えるようになるまで

役4年かかったという。

 

我々はどのくらいの期間で

ベンツを手に入れられるのだろうか?

 

 

洗脳を克服する方法

我慢はしない

 

 

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(すべての教育は洗脳である 21世紀の脱・学校論 堀江貴文 著 光文社新書)


あっけない解決法

洗脳を避けるには

自分にとって楽しいことを見つけて、やり続け

それらを工夫し続けること。

 

始めることは世間で賞賛されているようなものでなくてもいい。

子供がしているようなことでも構わない。

それをやって、

新しい発見を得られるように工夫もしていく

(飽きが来ないようにとも言えるが)

皆子供の頃にやっていた

誰もが子供の頃にし続けていた

楽しいことを見つけて、集中する力

決して死んではいない。

何歳になっても動かせるし

どんな年齢の人にも生まれつき

備わっている。

(多くの人は年齢を重ねる内に

なくなったと誤解してしまうが・・・)

 

ラベルを自分に張れ

大体10年かかる技、特技、学歴、職歴を目指さず

すぐに使えるラベルを使う

例アイス、虫集め、または誰かの養子になるなど。

(最後の例はやや特殊で、誰にでもできるものではないが)

学問、職業<娯楽、コミュニケーション

インターネットが現れ、動画サイトを使い

娯楽に対する価値の急激な上昇が起こった。

楽しいことを自分、集団、地球規模でやるかで

賞賛、報酬、知名度の得方がまるで違ってくる。

 

成績はバラバラでOK

インターネット世界で名を上げている人達には

学校や会社の中ではそれほど際だった人物ではなかった者もいる。

 

それを個人の持つ技を深めたり、かけ合わせたり、

またはコミュニティーに巧みに働きかけ、

巨大なエンターテインメントにしたりもした。

(もちろんどの世界にも、学業、職業、運動、

どれをやらせても優秀という人はいる)

 

国はなくなっても個人は残る

旧世代の学校教育で最大の価値を持った

国家、国の存続はもはや

維持することができなくなってきている。

(現在の様子では)

しかし、”国”という枠がなくなっても

”個人”はどこにいても

繁栄できる。

 

洗脳は今でも日常的

家庭 学校 会社で

個人を常識、伝統で縛り付ける。

決して怪しい宗教だけではない

今でも欠かさず行われている。

 

目上の者に認められることが

良いことだという価値観自体、

洗脳されたものだったという恐ろしさ。

”尊敬”という言葉も洗脳を促すものだったのだろう

 

知識は二の次服従が第一

全ては軍隊を作るためだった

現在は良く働く人を目的にしている

 

洗脳の鍵は禁止、我慢

どんな管理者、指導側にも

文句なしに使える武器が

禁止と我慢

生徒、部下にも理由を聞かれず

一方的な服従を獲得できるからだ。

(ついでに暴力も。こちらは現在風当たりが強いので、

公にはならないが、密に行われているはずだ)

 

インターネットで自由を知った人達が

学校、会社を嫌がる理由はここにある。

(ネットの世界は概して自由だ。

学校や会社は禁止事項ばかり)

 

学校を出ても続く束縛

”貯金”とは戦争時代、

娯楽のない時に自分が周囲に認められた

ゲームのようなものだった。

洗脳にとても有用な束縛要素。

 

信じられない話だが

著者が小学生の三学期初日に

学校に郵便局員が来て

生徒のお年玉の貯金を

呼びかける習慣があったという。

当然子供達の両親は

子供に貯金するよう強要しただろう。

そのせいで、

欲しい漫画、おもちゃ、ゲームソフト、音楽

などは何も買えなかったただろう・・・

 

この本を手がけた著者は

はっきり言って現在の資本主義の勝者だ。

その人の考えや論理を、

そのままどんな人にも当てはめるのは

危険な気もするが、

概して読めば力が湧いてくる本である。

 

彼は言動がとても特徴的な方で、

常に自信に満ちている態度を

毛嫌いする人も多いだろう。

しかし、本書の存在意義の大きさは確かで、

誰もがこれまでの、これからの人生を

見直したり、修正、改良したりするのに

とても役に立つ物と言える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

貴重な失敗と克服

この失敗は貴重

 

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(成功者の告白 神田昌典 著 講談社@文庫)

 成功よりも価値ある間違い

 

仕事場で起こることが家庭内で

しかも限られた個人ではなく、日常を送る者なら

誰もが同じ失敗の洗礼を受けるのだ

 

それは構造的なもの、

だれにでも起こるもので

個人差は多少あれ

大体同じものである。

 

ということは過去に起こった例から

素早く学べて、その教訓を活かせるのだ。

 

この本は最速で成り上がりましょう

というものではない。

(もちろん、事業を上手く、速く、

やっていく方法も記されているが)

 

応用できる失敗克服集

それ以上に強調されているのは

起業と育児を同時に手がける者に

事業の発展時に

家庭内で起こりうる失敗を概念化

速く、上手に乗り越えようとする本である。

 

しかも、その失敗を乗り越える方法が

とても簡単でラクにできるシロモノ。

 

例えば、会社内でメンバー同士の衝突時には

柔らかいボールを握りながら

自分の日常に起こった小さなことを

皆の前で離す。

 

メンバー一人一人に

個人を承認し、感謝している気持ちを伝える

といった作業よりは

ゲームに近い感覚で始められる。

 

ものを言うのは母親的愛情

面白い種明かしとして、

会社の組織、チームを統制する時、

父親的役割母親的役割

動かすかというもの。

 

まずは母親的、自己承認原理で

まとめようとする理屈が妙に納得。

 

勤務評定、指導、注意、などが父親的

どんなことにかくとにかく

その人を認めようとする行為が

母親的なもの

 

子育ては、子供が母親にひっついている時に

厳しいことを求めても育たない。

 

最初は無条件に何かを与え続けて

何をしても怒らない。

(目安としては5,6歳くらいまで)

 

それが終わって、しつけや我慢を

繰り返し教えていくもの。

この時は叱り、怒る必要がある。

 

子育てを体験しない男は

(現在はだいぶ変わってきてはいるが

それでも関心、非協力な者はいるだろう)

与えることをしないで

命令型指導でメンバーを

まとめようとするため、

個人は信用できないまま

振り回されてしまう。

 

与えられることを知った

メンバーは信頼と安心を得ているため

その後の修正型マネージメントも

だいぶ理解して受け入れようとする

 

桃太郎さん、桃太郎さん

会社のチームは無意識に”桃太郎”の

役割を果たすという

主人公のメンターの話は

特に心惹かれた。

 

起業家=桃太郎

実務家=犬

管理者=猿

まとめ役=キジ

 

それぞれ

起業家と管理者

実務家とまとめ役

が反発し合うということも。

 

誰もが避けるべき過ち

悲しい話は会社内で

起こる不和が家庭内で連結しているという話。

 

子供が両親の確執を察して

良い子か悪い子のどちらかを演じる

良いとは病気になることで

悪いとは非行に走ることで

それぞれ、両親を団結させようとする。

 

子供にとって家とはとても大事なもので

家が安全な場所でなかったら

安心して育つ子ことができない

両親の心の動きにとても敏感に反応して

調停しようとする

 

このサインに無関心でいると

子供の最悪の悲運を食い止めることができなくなってしまう

つまり子供の死だ

 

実際主人公のメンターは

最愛の娘を病気で亡くしている

その時が前妻との不和を長引かせていたため

と告白している

この時の悲劇を止められなかった後悔と

人には同じ目に遭って欲しくないという

彼の決意が、主人公を助ける動機になったとか

 

現在は夫が会社勤め

または起業を専念。

妻は家事、育児を完全に

分担しているという状況は

変わってきているとは思う。

共働き、共に家事、育児を

兼業しているところも多いはず。

(またはお手伝いを半日だけでも雇うとか)

この本の家庭内の事情とは

そのまま当てはまらないかもしれない

 

しかし、家庭内の問題が

仕事場で起こるものと連動している

という指摘は本当に価値あるものだ

それを乗り越える知恵も

誰にでも共有できる。

 

生涯に渡って有用な良書と言えるだろう。

やはり子育ては偉大なモノ

 子育ての大変さを少しでも

 

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(一流の育て方 ビジネスでも勉強でもズバ抜けて活躍できる子を育てる ムーギー・キム ミセス・パンプキン 著 ダイヤモンド社)

 子供の理想の教育

一見、高学歴の人以外はお断り

との印象があるが、

さほど最終卒業校に

自信がなくとも

門前払いされるような本ではない。

 

子供ファースト

大事なのは子供にとって

何がベストかを、

突き詰めて考え、

行動に移していくための本だ。

 

子供が積極的に学んでいけば

その始めとなる対象は何でも良い

絵本や漫画、子供の遊びでも

周りにはあまり自慢にできないことだって良い。

例、石拾い、あやとり、折り紙など。

 

要は、親が子供の熱心さに

素早く察して、現在の関心を満たし

次につなげ飽きずに学習していく

機会を逃がさないこと。

 

親だって完璧ではない。 

普通、親となる人の年齢からくる成熟度

毎日こなすべき用事の量

いつも一緒にいる子供との

感情的密接さから

まとまった考え、思想を

学べない親達に対する指南書

 

どうしても、強調されるのは

高学歴、高収入、多芸的、社交的

な生徒、学生達のことだが、

うまくいかない教育に関して

次に2つのことがあるという

指摘は賛成できる。

 

一つは

親の押しつけ

もう一つは

親の気分の不安定さ

 

親自身、

自分の叶えられなかった思い

自分の願望を子供に託すと

それが裏目に出て

追い込んでいるのに

結果が出ない

あげく、仲がヒビは入る

という事態に陥る

 

二つめの親の情緒不安定さ

怒る時に我を失う

激怒を引き起こす親に

影響され、自信や落ち着きを

なくす子供になってしまう。

 

きっと二つ目の感情的に

なりすぎりことだが、

はっきり言ってその親自身に

過去に対する負い目、

または、自分に対する自信のなさ

が根底にあるのだろう。

 

子供達は大人達の予想を超える

言動を取ることも大いにあり得るから

その可能性を敏感に察して、

避けようとしているのか。

 

ただ、親も子供も、

お互い離れていることも大事で、

これは感情的に近すぎることから

発生するものだろう。

長い目で見て、

親自身が自覚、改善

を求めているなら

克服できない課題ではないはず。

 

やはり、親が学業、仕事、芸、社交性など

あらゆる方面に長けていた方が

有利なのははっきりしている。

 

幼い頃、年齢が低い頃は

そういう親がいる子が

間違いなく有利に立っている。

 

しかし、最後はその子供が

決断し、行動していくのだから

最終的には差はなくなっていくことだろう。

 

ところで、始めは行動的、挑戦的な子も

いつのまにか、その元気の良さがなりをひそめ

必要以上に大人しく、消極的になってしまうのは

学習の途中、途上で失敗や間違えを

正しく理解、立ち直ることができないからだろうか

 

義務教育の悪しき部分は

挑戦から生まれる失敗や間違いを

恥ずべきことと何度も強調するのは

指導側、管理側が

自分達の優位性を保とうとするからだ。

 

この子供達にはあまりにも長い

監獄での囚人生活が

生徒達の可能性や積極性を

邪魔したり、阻害させたりする。

 

良い教育を受けて欲しいと

純粋に願う親の気持ちが

子供達をうんざりさせる環境に

送り込んでしまう可能性が大いにあるのは

恐ろしい皮肉だ。

 

ただ、個人的には

親にそれほど特別な資質を求めることも

行き過ぎた潔癖、理念と言える。

子供の多くに

学力、社交性、芸、運動、見た目を

希望する気持ちが

どれほど彼等を苦しめるか

少し現実を見れば分かるはずだ。

 

この本は大体において

間違いはないが、

とりわけ際だった生徒以外には

向かないかもしれないと思える部分もある

 

とはいえこの本が駄作というわけでなく

子供を大切にしたという思いからくるものだ

作者達は様々な環境に身を置いた以上

力を欲し、ないことの悔しさをたくさん

味わってきたはずだ。

だから、力を追求してゆく姿勢は

決して間違ってはいない。

 

これから子育て、子供の教育を希望する者達に

中々実感できない大変さ、苦労の数々を

本書を通じて少しでも分かれば

収穫は多いと言えよう。

 

 

時間を操れ!

時間の捉え方について

 

 

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(100の仕事も同時に回るダブルブッキング時間術 おちまさと 著 ソフトバンク新書)

 意識だけでこんなに変わる

 

突然ですが・・・

あなたの家に人が来ることになった。

どうでもいい人ではなく、

商業的に、私生活的に大切な人が。

問題は、それほどあなたは、

掃除を習慣づけてはいない。

まだ、客が来るまで時間はあるが、

部屋の中は結構散らかって、埃やゴミもある。

しかし、掃除機は壊れている。

残された時間どうするか。

 

ここで最悪なのは、

掃除機の修理に集中してしまうこと。

いっそのこと、掃除機のことはもう忘れて、

ローラー、使い捨てモップで

床のほこり取り。

におい消しを使ったり、窓を開けて換気。

読み散らかした雑誌などを片付けて、

時間があったら雑巾がけもする。

自分自身のエチケットも見直す。

 

(こんな時でも教師なら

「近所から掃除機を借りてこい!」

などと叱りつけるのだろうか・・・)

 

問題は

直線的に捉えるか、

球体のように理解するか。

前者は一つずつ作業を進めることを意味し。

後者はいくつも並行して取り組むができる

 

教育の場では、時間を直線で考え、

一つのことを終えて、

次のことに取りかかることを教える。

逆に、いくつも取り組む姿勢は、

評価されなかった。

(落ち着きがないと言われるはず)

教師の言うとおりに

次々に課題をこなす生徒が、

認められてきた。

要するに、監督しづらくなるから

自由な生徒達の動きや、

奔放な彼等の発想の仕方を

嫌悪するのだろう。

 

一方、会社に入れば、

いくつもこなすことは常識であり、

一つのことを終わらせるまで

他のことを放っておくと、

誰かに迷惑をかけてしまう

単純に、学校で教師に認められてきた

会社では生徒は評価が厳しそうだ。

 

このように、学校と会社で

まるで評価のされかたが違ってくる。

 

やっかいなのは、

学校で押しつけられる

時間という概念が、

いくつもの課題を

同時に解決しなくてはならない環境で、

我々の足を引っ張る。

 

思い出せないくらいに昔教えられた

時間の考え方に問題があるとは

気がつきにくいため、

本来なんて言うことがないことに

つまずいてしまう。

 

学校で教えられた、または、

教えてもらってないことで起こる

時間に関する常識というものは、

普段見直したり、意識したりすることはない。

なんとなく、感覚で時間を消費する我々は

パフォーマンスの向上の可能性を見落としている。

 

時間とは何かとは

人に教わることはないとなると、

非効率なやり方に振り回され

結果が少なく、労力は膨大という

笑えない状況にしょっちゅう突き当たる。

 

忘れるべきは夏休みの計画

我々は、おそらく学校で長期休みに

計画を作らされてきたであろうやり方が

身体に染みついている。

それを意識に上げて忘れたり、

もっと今より生産性を上げられる

やり方、考え方、取り組み方に

変えていく必要がある。

 

これを人生という観点から見ると

やがて我々は寿命が来る。

時間を止めることなどできないのだから

しなくてはならないこと、

していきたいことは

同時に進行させるべきである

 

料理をする人は

時間の捉え方が

比較的柔軟性がある。

(もちろん、他のことでも時間をキチンと

理解している人はたくさんいるが、例に挙げやすいので)

 

後から暖めてもおいしいものを最初に作り

サラダも始めに作り冷蔵庫に冷やしておく

悟飯が炊き上がるタイミングで

メインディッシュの肉や魚の調理を手がける

召し上がる時にドリンクをだし

食後にデザートと。

 

この本は驚異的なスケジュールの中で

並行作業、私生活の日課などを

長年こなし名を上げてきた

プロデューサーの

時間の考え方、取り組み方を記した一冊

 

例は仕事に関するモノは多いが、

私生活、学生にも充分応用可能な

アプローチ法だ

 

誰もがエリート!

この世に非エリート無し!

 

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エリート・マインド 勝ち抜く力! 一瞬で自分を勝者に変える法 スタン・ビーチャム 補 ムーギー・キム 監修 熊谷小百合 訳 日本文芸社)

 低すぎる自己肯定感を破壊しろ!

人は生まれてきてこれまで、たくさんの人間から

自分はどんな人間かを聞かされてきた。

それが自分にとってためになっていればいいが

逆に、自分の自尊心を傷つける

有害なものであったら

そのままにしておくのは危険だ。

どんどん自己破壊的な

行為や考えを進めてしまう。

 

自分の思うような成果が出せない

自分の物事に対する態度が気に入らない

つい自分から貧乏くじを引いてしまう

などは

小さい頃から周りの人間に

間違えた信念を植え付けられてしまったからだ。

 

その場でし言葉の数々に

振り回されたあげくに

本来の自分の価値観にそぐわないものを

自分の中に固定させてしまった。

 

そうなると、考える前、行動する前から

失敗することを実現させてしまう。

(ここでいう失敗は前向きな意味では無い

ただただ非生産的なことを繰り返す意味で)

 

自我の再構築

自分が最高のパフォーマンスを出すには

最高の自己肯定感の言葉

自我を作っていかなくてはならない

 

この本がエリート・マインドと呼んでいるモノは

そんな気高い精神のことだ。

 

人の意識には顕在意識と

無意識がある。

それぞれ場所はどの部分かは不明だが

無意識の部分が人の行動や思考を

操っている。

無意識を自分にとって良いように

変えることが大事だ。

信念、思考、行動

この3つがそろうと我々は良い働きをする。

もし今自分の行動原理、習慣が嫌なら

変えていく順番は思考、信念、行動になる

思考は何を始めるにしても

それはやがて無意識として続いていく。

信念=無意識

思考=顕在意識

となる。

 

無意味な頑張り

ところで、よく学業、仕事のインタビューで

限界を越えた労力を捧げたと言う人が

後を絶たないが、

この本に言わせれば、はっきり言ってムダである。

理想とする労力は8割が理想と本書は言う

 

100~110%の働き方はそもそも無理があり

いずれは身体か精神を壊してしまうやり方だ。

8割~9割は、自分に対して追い詰められた

圧力は感じず、それでいて集中できていて

力みの無い理想的な状態だ。

 

なぜ、学校や会社で限界を超えようと

自分を 追い詰めるのは

とにかく他人を監視、監督するフリして

自分の存在価値を示そうとする輩のせいだ。

行き場の無い、自分のやることが見つからない

はぐれ管理者は進んで働き手、学習者を駆り立てるが

従わされる法は不幸が待っている。。

 

この本は有名な心理学者が記した本だが

専門書というほど難解には書かれておらず

300ページは越えるが、

区切って読むこともできる。

 

監修されている、ムーギー・キム氏によると

自己肯定感がことさら低い

日本の人々にぜひ

読んでもらいたいと書かれている。

 

余談だが

プロレス技に”起き上がりこぼしチョップ”という技がある

これは相手の片手をつかみ、

胸板当辺りを強く叩いて相手を倒し

起き上がらせて

何度も繰り返す。

当然、永遠に続けると観客達はしらけるので、

大体、5~6回くらいか。

この技だが、別に見たがる観客はいない。

(誰だって、華麗な空中殺法、最大パワーのぶつかり合いを見たい!)

プロレスは終盤盛り上がり、

そこで選手達は見た目が派手な必殺技を出す。

この一見ムダに見えるチョップの嵐だが、

相手の無意識には、どう影響を与えるだろうか?

プロレスラーは格闘技素人よりも

遙かに頑丈な肉体を持っている。

こんな技で根を上げる選手はいないだろう。

しかし、無意識のレベルではどうだろうか?

ほんの一瞬に何度も何度もダウンさせられ、

自分は相手に敵わないと思い知らされるのではないだろうか?

例え、自分より弱いと思われていた相手でも。

引いては、精神的に疲労を速める効果があるかも知れない。

プロレスとは単純に身体の大きさ、力、技の競い合いだけではなく

挑発行為、反則スレスレの行為も効果的な

心理戦の側面もある。

こういった技を用意しておいたり、

一から作ったりできるのも能力と言える。

 

 

わからないことの面白さ

”わからない”は良いこと

 

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(14歳からの哲学入門「今を生きるためのテキスト 飲茶 著 河出書房新社)

 ゲーム=不確かさ

 

この本はそれぞれの例が独立した面白さを持つ名作だ。

 

一つ一つ指摘しては終わらなくなってしまうので、一つだけ取り上げた。

 

 

 ジャンケンの説得力

 

それにしてもジャンケンの公平さは

改めて見ても大したモノだと思う。

事前に共謀されていなければ

こんなに不公平を作らないモノもない。

 

(”くじ引き”、”あみだくじ”もそうかもしれないが、

あれらは事前に仕組まれている危険がある)

 

一応説明すると、

ジャンケンはグー、チョキ、パーという三要素からできている。

 

歴史上、誰か特定の人物が思いついたり、

考えて練られたりしたものではないと思われる。

 

(誰かが考えたり、発明したなら、その記録が残されているはず)

 

 誰もが勝てるようにできる遊びはどんなものか、

人が三すくみのゲームを採用したと思われる。

 

この話題は、レビストロースという構造主義創始者について

作者が言及していた時、派生したものだ。

(それほど作者が言及していたわけではないが、

私には考えさせられる場面だった)

 

”わからない”の登場

 

 ジャンケンがだれでも勝てるようにするためには、

分からない”という要素が必要になった。

 

仮に、チョキとパーだけでは勝負にならず、

(誰もチョキなど出さないからだ。

脅迫されたら別だけど。)

 

三すくみではなく、四すくみでは”あいこ”になる確率が増えて、

時間がかかりすぎて決着がつかない。

 

(4つめの要素は中々思いつかない。

例えば、親指と一刺し指で丸を作るような?)

 

分からない”も適量にしなくてはスムーズにゲームが進行しないのだ。

 

構造主義について

 

レビストロースは、未開な地に住む、非文明的な種族が、

(あくまでも先進国人から見ての)

組織を繁栄させるために、

高度に設計された制度を採用していたことを発見した。

 

同性兄弟、姉妹の子供同士(平行いとこ)は結婚できないが、

異性兄妹、姉弟の子供同士(交差いとこ)は結婚できるように。

 

後者はものすごく確率が低いことが分かる。

 仮に、そういうまれな家族がいても、

身内同士で結ばれることは

よその家族達の視線が気になり

ためらわれるだろう。

(ひょっとしたら、同族婚を嫌うような

おとぎ話や逸話が触れ回っているかも)

 

もちろん、これは同族同士で結ばれないように

予め仕向けられているからだ。

ある家族が他のそれらと結ばれれば、

部族同士どんどん交流が深まる。

引いては、社会が発展していくのだろう。

 

こういった発見の前は、

 

「人には自分達が持っている能力が

生きていくのに必要なアイデアや発明を生み出した」

という考えがあったが、そうではなく、

 

「もともと世界には、ものごとをうまく機能する仕組みがあって

たまたま人間達がそれを利用した」

という結論に落ち着いた。

 

前者の人間の能力全能的な説は、

レビストロースの前に実存主義が流行っていて、

そこで支持されていた考えだ。

後者は構造主義の考え方。

 

(もちろん、この構造主義も、次の哲学者ヴィトゲンシュタインによってひっくリ返されるが、そのことはここでは言及しない。

もともと哲学とは、先人達の考えに異議を唱えたり、もっと洗練された考えを提案し続けていくものらしい)

 

同意も反対も・・・

 

この「14歳からの哲学入門」は、

ある年齢に達した人が、

全服従、もしくは、あらゆるものに反抗の

どちらの姿勢も取れない人が

もっとマシな方策はないのかと思った時に

行き着く本なのだ。

 

一見、人との交流を避けているような姿勢だが、

物事を徹底的に考え、

自分に無理なく利用、応用できるように選ばれた哲学の数々は

その人を無意味な対立、服従を避けるための

指標となるだろう。

 

確かに中学性、高校生くらいの人達には一番効き目があると思う内容だ。

もっと多くの学校や家庭でこの本や、そこから来る考えを

採用された良いのにと希望する。

 

 

もし入浴中に・・・

時間の操り方を知るために

 

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(おちまさとプロデュース 時間の教科書 おちまさとプロデュース 時間の教科書をつくる会・編 NHK出版)

 

入浴中に荷物が届いたら? 

 

究極の選択(殿方限定)

あなたの家に宅配便が届いた。

家にはあなただけ。

しかも入浴中である。

出るべきか、居留守でやり過ごすべきか。

もちろん、出て行けば部屋は泡まみれ、水まみれ。

(ここではバスタオルを使わないこととする)

後片付けはラクではない。

配達人にも隠さない身体を見られてしまう。

さぁ、どうする?

 

一刻も早く受けとりたかったシロモノなら前者で、

どうでも良いものなら後者。

(しかし、それも分からない。全裸で出ることは賭けである)

 

ここまで極端ではなくとも、

あらゆる選択を迷わずできるようになるには、

時間に対する考え方を一度洗い直してみる必要がある。

 

時間に対する考察 

 

私達の頭の中には、意識していないムダや、

常識と考え、時間を無抵抗な受け身の姿勢で受け入れている恐れがある。

 

管理側、支配側は自分達の要求を押し通すことしか頭にないのだから、

生徒や部下が自分本位で作業や課題を取ったり捨てたりなんていう、

姿勢を快く思わないだろう。

一方的に服従する姿勢を賞賛するはずだ。

 

我々にとって時間とは何か?

誰にも正式に教わったことがないので、

惰性のまま、感覚に流されるままに使ってしまっている。

(使われている?)

しかし、自分のそれの考え方、運用の仕方でかなり変わるモノなのだ。

 

何でもいいが、課題(テスト)を5分でこなすとする。

 

慣れてきても、ただ時間終了まで待たされている状態だ。

(生徒は悪くない!終わるまで教室にいさせられているのだから仕方ないのだ)

 

 

ただこの5分をやり過ごすだけでは意味がない。

それに加えて別の収穫を得る必要がある。

 

教室内での生徒や教師の変化、

外の景色や校庭の生徒の変化、

・・・ 

(それでも、教室に閉じ込められていてはできることに限りがあるが)

 

意識するだけで効率アップ

 

場所を限定されないなら

他の場面で挑戦すると、(溜まっていた宿題の場合)

課題が済んでいる状態から

別の課題解決を試みることができる。

 

そして、課題同士を組み合わせて

時間短縮、効率アップを図ることも。

 

我々は子供の頃から

管理側に時間に対する考え方を

何も顧みることなく課題をこなすように

命令されてきた。

今この姿勢を変えなくてはいけない。

 

いくつもの課題をこなすには

同時に手をつけるわけだが、

ここは時間がかかりそうなモノを優先させる。

 

私生活を例にとると、

 家に帰宅した時(一人暮らしを前提として)

 

1. 冷房(冬なら暖房)の起動する
2. パソコン起動スイッチ
3. お手洗い
4. 冷蔵庫にしまう(食べ物を買ってきたら)
5. 着替え
6. 携帯確認 

 

(何を優先とするかは状況で変わることがある。要冷凍物があるなら、それをしまうことが第一になる。体調次第で、お手洗いが第一になったり、大事な知らせが来てそうなら、携帯確認、パソコン起動になるだろう)

 

些細なことではあるが、このようなやりとりの習慣が

色々な場面で差を産んで、長い目で見て

たくさんの余剰を作る。

 

ただ流されるまま、自分の気分に左右されないように

やるべきことを融通利かすことが大事。

突っ走りやすい、見方が狭い人の場合は

意識して拡大、リラックスして順序よく取り組むべきである。

 

時間に対する誤解

 

時間に対する我々の常識や無抵抗が

何かができる機会を逃してしまっている。

 

それに加え、 

人の時間を重んじない、無頓着な輩をどうするか?

本人は自分の行いを省みる姿勢はしない。

(そもそも悪びれた様子もない・・・)

こちらが抵抗を示さないと

未来永劫搾取されてしまうだろう。

 

きつい言葉や態度で示せないことを前提に

分かってもらうには

時間を重んじる人との交流を深める

その人物が苦手な趣味を装う

その人の反対の習慣を示す

周りに強力してもらう

 

やり方は人それぞれになるが

自分の振る舞いや日頃の言動が

牽制する武器になる。

 

この本ではビジネスに即した事例、考え方が多いが

もちろん、私生活でも利用できるよう記されている。

 

企画を専門としながらも幅広く活躍されているプロデューサーの使える時間の指南書。

 

 

ガムこそ東洋哲学

  • 疑り深い人、不安な人へ
  • 論より証拠。悩み粉砕

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( 河出文庫 史上最強の哲学入門 東洋の哲人たち 飲茶 著 河出書房新社)

 東洋哲学とは

 一見問題解決とは無縁の動作が人の悩みを砕く。そのことが良く分かる例として、アスリートとガムの関係を取り上げた

 

 

ガム噛むかい?

 

 

日本より海外のプロ野球選手たちの方がしているであろう、口をモゴモゴさせている仕草。あれは紙たばこと呼ばれるシロモノらしい。

 

昔より確実に減ったとは思うが、試合中では喫煙できないため(実はカメラが見えない所で隠れてやっているかもしれないが)愛煙家はあれで気を紛らわせているのだろう。

 

一見格好良いとは言えないあの行動にはとても大事な意味があって、

 

選手達は極限までリラックスできるのだ。

 

ほとんどの選手達は子供の頃からハードな練習を積んで、強敵のライバル達としのぎを削ってきた。

 

だから、野球のことはお手の物のはずだが、

 

あれだけの観客、視聴者、聴衆者が注目しているなら、緊張して普段は何気なくしていることもままならないくなる恐れは常にある。

 

ところが、口をずっと動かしていると、ムダな呼吸や不安が消え、ベストなパフォーマンスが出しやすくなる。

 

(そうとは知らずに、選手達を蔑んだ視線を送っていたことが恥ずかしい・・・)

 

事態は切羽詰まっている

 

フィールドの中、ベンチの中、選手、監督、コーチ、あらゆる関係者が一分一秒神経を張り詰めている中で、

 

しかし、その状態では緊張と苛立ちを産んでしまう。

 

緊張すると、選手達は疲れを早めてしまう。

 

だからと言って、集中しながらも、余計な力を抜くのは大変難しい。

 

東洋哲学はそれを、ガムを噛むという行為で解決を試みる。

 

バッター、ピッチャー、共に時間はなく、

 

今この場で力を出し尽くして結果を出さなくてはならない。

 

説教や理論で落ち着かせようとしても、ほとんど意味がない(頭の中を素通りさせるだけだろう)

 

そこで、ガムの登場である。

 

何の意味があるのかと思いきや、効果はこの上なく出てくる。

 

試合中は噛んではいけないというルールはないので、これはありがたい。選手達の命を助ける行為と言える。

 

しかも、この方法は金も時間もかけないで済む

 

人も選ばないし、別にメカニズムの理解などできなくてもいい

  

東洋哲学は感じること

 

この本は哲学で良く出てくる専門用語や難しい理論はできるだけ避けられている。

 

誰にでも分かる説明、理解度抜群の例えが、やや長く紙面を取ってしまっているためページ数は多いが、

 

核心を突く箇所(例えば終わりの十牛図の所)だけでも充分、楽しさを味わえる。

 

一ページ一ページとても含みがあるため、見所はとても数え切れない。

 

さきほどガムのことを書いたが、まさに読者にガムを噛ませるような説明で、

 

それでいて、いつの間にか悟りの境地を触れさせる。

 

物事を理解させるためではない。

 

感じさせるため。

 

何故だろうはムダ

 

ただ感じさせる。

 

知識や手順を踏ませた説明は無意味。

 

学がある者、ない者(世間でそう決めつけられているという意味での)も関係なく

 

これが悟ると言うこと

 

報酬はない

 

悟ったらどんな良いことがある?

 

何もない!

 

ただそれだけ

 

学がつく、お金を手に入れられる、人に認めてもらえる。

 

そんなものはない!

 

ただ感じるだけ。

 

それは最強の感覚なのだ。

 

しかし、知るのと知らないのでは、とてつもない差がある。

 

学校の授業では絶対に教えてもらえなかった、この感覚。

 

飲茶先生のこの本なら、端金とある程度の時間で体験できる。(一度読めば終わりということはなく、何度も見ることになるだろう。しかし、それは面倒なことではない)

 

私達には息抜き、娯楽、休息ももちろん大切だが、

 

この悟りの効用は決して消えることのない感覚。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大切なことは小さな事

・毎日書くことが魔法

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(未来先取り日記 ”朝3分書く”だけで、もうあなたは幸せになっている 山田ヒロミ 濱田真由美 著 大和出版)

 

 即席夢実現法

たったの3分

 

この本は、49日分の

 

書かれている文字をなぞる  

 

 

起こって欲しいことを完了形で書く

 

我々が幸せになれるようにできている。

 

・焦らず、リラックスして一筆

 

文字をなぞる場所は、すでに書かれている内容は決まっているが、

 

ここも書く本人が毎日を幸せに送れるようプロフラムされている。

 

大事なのはリラックスして書くことだけに集中すること。

 

落ち着かない、気分が優れないままやっても良いことはない。

 

(とはいえ、この作業自体が雑念を取り払えるようにできているので問題ない)

 

一見書いてあることは幸せに関係ない気もするが、その功徳は毎日やっていけば分かる

 

・本当に些細なことでいい

 

次が我々にとって本番に思えるが、

 

左側の余白に怒って欲しいことを、

 

すでに起こったかのように記述する。

 

ここで注意すべきことは、

 

壮大な内容にしないで

 

小さな幸運にとどめておくことだ。

 

「大金を手にした。」「有名人と知り合えた」

 

というデカいことではなく、

 

「いつもより体調が良かった」「食べ物がおいしく感じた」

 

充分幸せを感じられているのだ。

 

・言いたくない種明かし

 

理詰めを好む方に述べておくと、この本の狙いは、

 

小さい幸運をどこにでも感じられようになること。

 

まず、自分の身の周りで、

 

私は運が良いと思えることに次々と発見していくことで、

 

ひいては、いつの間にか大きな出来事に出くわすことになるだろう。

 

・進化が止まらない脳

 

本来の脳は嫌なことに敏感に感じるように、我々を警戒態勢を取らせるようにできている。

 

人類が誕生してから、その機能のおかげで猛獣、自然災害から身を守ってきた。

 

現在では、それほど大きな危険が襲ってこない環境でも、我々の脳は過剰に反応してしまうことを止めない。(未開発な国や自然に囲まれ、都市化していない地域に住んでいるなら話は別だが、今の日本のような国で生まれていることを基準として)

 

ほとんど起こりえない危機に対しても、常に自分が最悪になるケースを想像して、膨大なストレスを感じてしまっている。

 

・脳に新しい指令を

 

このままでは、我々が意識的に脳を操っていかないと無数の見えない重圧に参ってしまう。

 

そこで、危険を探させるだけでなく、(それは必要なこともあるのだから、止めさせなくともよい)

 

幸運や幸せを探すように仕向けてやるのだ。

 

そのためにはまずは些細なことから始めるのが良いだろう。

 

この連続の延長線で大きな収穫を得られることも不可能ではない。

 

(朗報だが、以外と早く訪れることも多いらしい)

 

今までやらなかったことを試みるのだから、

 

ある程度の期間は意識的に行う必要があるため、その過程でぎこちなさ、むずがゆさを感じることもあるだろう。

 

慣れてくれば無意識が働いてくれるため、そこからはラクになれる。

 

・プロセスで変わる感覚

 

やってみると良く分かるが、

 

我々にとって何が大事なのかが、こんなところにあるのかと気づかされる。

 

確かに生活に困らないだけの生活資金、娯楽品、きらびやかなコネが手には入ったらとても嬉しいに違いない。(願うことはいけないことではない)

 

しかし、日々見えてなかった細かい幸運が自分にとって大事な役目を果たしていることを実感すると、

 

その小さなことが何より大切なのだと思い知る。

 

・この習慣は永遠に

 

オススメとするのが、この本を手に入れたら

 

コピーを取っておくこと

 

自分に何が大事かを正確に探ったり、それを正しく記述するのは、最初からはできないだろう。

 

この習慣は生涯通して行うべきであり、そのためにある程度の手間をかけるのは仕方のないことだ。

 

書けば書くほど、幸運にまみれていく可能性が高まるのだから決して悪い話ではない。

 

保証してもいいが、書くことが1日の楽しみになるほどだ。

 

それは良い兆候だと思う。

 

 

 

 

 

 

 

全てはウソだった!

・取り戻せ!自分の理想像

 

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(コンフォートゾーンの作り方 苫米地英人 著 フォレスト出版

 信じてはいけない!

 

 

家、学校、会社で散々聞かされてきた私達の自我像は全て偽物だ。

 

私達一人一人が持つべき健全で、理想的な自己イメージは本来、自分で作ってこなくてはならなかった。

 

それを管理側、支配側が自分達に都合良く操るため、病んだ、自身が持てない自我像を見せつけられたり、教えられてきた。

 

これは深刻な誤りだ。直ちになんとかしよう。

 

・歪んだ自我像の最悪の例

 

自動車教習で大きな事故を起こすと、いかに恐ろしい人生を送るハメになるか。

 

教習所の指導者達はドラマ風のホラー・ストーリーを繰り返し学習者に見せつけてくる。

 

指導側は事故の怖さを教えておけば、運転初心者が安全運転をこころがけ、それが減ると思っているのだろう。

 

こんなことばかりだから、あんな所が良いと思っている人はまずいないと思う。

 

あんなやり方で、これから運転する者は健全な自己イメージを持てるのだろうか。

 

うまく運転できるイメージを持てば、楽しく車を操作できて、事故を起こすような原因を根本から無くせるかもしれない。

 

教習所で不必要に初心者に恐怖を与え続けていたら、事故を増やす確率を増やしてしまうかもしれない。

 

我々の脳が嫌なシーンを繰り返す性質を持っているのだから、本人にとっては現実のように感じてしまうだろう。何度も何度も。

 

一方、運転に自信がある人、上手な人、事故が極端に少ない人は、教習所に通う前から健全な自己イメージを持っていた

 

(多分、教習所で教官達の言いなりにならず、運転できる設計図をすでに持っていて、利用できるところだけ、そこで学んでいこうとしていたのだろうと思う。そしてそれは正しい)

 

・何でも疲れてしまうのは・・・

 

学問、仕事、人付き合いなどで結果を出せない、うまくいかないという人達は、自分に対して自信のない方々が多い。

 

その原因は自分の理想像を他人任せにしているからだ。

 

普通、我々は自分より他人に自信を持って欲しい、勇敢に何でも挑んでほしいと願ったりしないはずだ。

 

(決して、全員が悪人という意味ではない。誰だって自分のことで精一杯とい意味で)

 

自他共栄の精神を大切にしながらも、本心では負けたくないのだから、

 

自分より怖がって、自信ないように遠回しに他人を暗示にかけたり、遠慮しない輩は、はっきりとびびらせようと企むだろう。

 

他人など当てにせず、

 

自分で自我を再構築、修繕をしていけば、いとも簡単に常に力があふれる自分に生まれ変われるだろう。

 

・コンフォート・ゾーンの大切さ

 

自分がいつでも安定した結果を作れる空間をコンフォート・ゾーンと言うらしい。

 

このフィールドから外れると、やることなすこと裏目に出る。

 

歓迎されていない集団に自分が放り込まれるとどうなるか、大体想像はつく・・・

 

逆に、自分を慕ってくれる集団に入ることができれば、リラックスして言いたいことも言えるはず。

 

このコンフォート・ゾーンを作るために

 

いつも自分に向かって良い言葉を投げかけなくてはならない。

 

アファメーションを行うことで。

 

自分に普段から語りかける言葉を最高のものにすれば、

 

しだいに世界が違って見えてくる。

 

今まで隠されていた情報が目に入ってくるのだ。

 

繰り返すが、自分に対する自我像を我々は小さい頃から他人に教えられてきた。

 

迷惑な話だ

 

気づいた今からでも、正しく自己イメージを日々作りあげなくてはならない

 

毎日自分に自信を持てるように正しい言葉を投げかけ、声に出していこう!

 

(注 この本で出てくる言葉、コンフォート・ゾーン、スコトーマ、ゲシュタルト、 抽象度、 セルフ・イメージ、 アティティード、 ハビタットというのはまだ私には正確には把握、理解はできていない。誤解や勘違いは承知の上だ)