収穫は、ものより心
さぁ、ラクにして!
(ザ・シークレット 人生を変えた人たち ロンダ・バーン 著 山川紘矢 山川亜希子 佐野美代子 訳 角川書店)
簡単と思う方がラク
・引き寄せの体験談
この本に出てくる多くの人物の話の流れは、
始めは誰もが金銭的、健康的、社会的に追い詰めれて、
引き寄せ(シークレット)を実践して
願いを叶える。
そして、また引き寄せを繰り返す。
と大体同じである。(後は伝え方や表現方法が違うのみ)
・彼等が手に入れた、本当に大切なもの
登場する人々は希望額、健康促進、人関係の修復など、それぞれ望んでいたのものを手にする。
さすがに本に紹介されるだけあって、羨ましいくらいの金銭、職業、健康、コネを手に入れる人もいるが、
中には、小銭、食べたいもの、飼っていた犬が見つかったという些細な報告もある(最初、わざわざ本に書くことかなと思えた)
小さな知らせとは言ったが、逆にだからこそ印象に残った。
大事なのは、最終的に手に入れたものよりも、引き寄せの過程で自分の態度や性格が変わったことが強調されていることだ。
そして、以前より物事に積極的で前向きな態度で、また引き寄せを繰り返していく。
より早い自己変化、より大きな願いを求めて。
注目すべきなのは、彼等も引き寄せを始めるまでは、物事に対して何でも否定的な見方をしていて、
何かを行動することを大変嫌がっていたことだ。
この引き寄せを間違っていることを、証明してやろうと思っていた人もいたほどだ。(結局、そんな人も叶えてしまったが)
それが、このプロセスを得て、何でも肯定的な見方をし、フットワークも軽くなり、行動することに楽しみを覚え、より広く社交的になれたという。
(人によっては、かつての元気で、行動的な自分に戻れたとも言っている)
確かに、全ての願望が叶った、あるいは何も手に入らなかったという記述はないが、
このプロセスで何も変わらなかったという人もいなかった。
誰もが、「次はうまくいくかも、次は自分がもっと変われるかも」と思えたはずだ。
・読者の心のカルテ
実は、この本を読む人の今の心の状態がどんなものかが測れる。
読んでいる途中で、話が作られすぎて気分がしらけたり、軒並み幸せになった人々の例を、自分の現在の境遇と比較して、怒ってしまったりした人は心の健康を害している可能性がある。
「別に多少の脚色や、表現のサービスはあっても良いいのではないか」と、心がニュートラルで激しく動かない人は普通、健康であると言える。
「良い話だ!自分もぜひ試してみたい」と、早速動き出す人は
幸せな可能性が高い。
・何のおかげ?
ところで、もし私達の願い事が首尾良く叶ったら、
一体何に感謝すべきだろうか?
何かを決心して、途中で止めずに、最後までやり抜いた自分のおかげ?
その時その時に、必要なアドバイス、力添えを自分にしてくれた人々に感謝する?
奇跡とも言えるこの引き寄せが成せる技?
それとも全部?
どれも正解であって、間違えはないのだろう。
ただ、私個人のとしては、読者に力を与えたい、良い気分にさせたいと考えるなら、やはり
ザ・シークレット(引き寄せ)
のおかげと答えておくつもりだ。
・私達も信じてもらえない?
これから私達一人一人に起こることも、聴く人、観る人には充分信じてもらえないだろう。
できるだけ正直になって、大げさな表現、都合が良いと思われる出来事を排除しても。
始まり、途中経過、終了までの流れを淡々と記しても、充分奇跡と思ってもらえるはず。
つまり、誰にでも奇跡や引き寄せが起こるということだ。
注 この本は世界中で3000万部以上、そして今でも売れ続けている、啓発書の記録的大著「ザ・シークレット」の教えを体験した人達の話集である。ここに記されている人達が実在するかどうかは分からないが、話にウソはないと思われる。
小さなことから
これなら毎日を変えられる
(ハーバードの人生が変わる東洋哲学 悩めるエリートを熱狂させた超人気講義 マイケル・ピュエット クリスティーン・グロス=ロー 著 熊谷淳子 訳 早川出版)
大きなことは不要
・たかが子供の遊びに
子供達が遊ぶ時にする、かくれんぼ。
ただ子供達が頭を使って楽しむだけでなく、そこには大人にとっても重要な意味を持っている。
いつもと違う役割を演じることで、なんとなく続く、代わり映えのしない日常から離れ、それまでとは違う日を過ごせる可能性を持っている。
(他の遊びもそうかもしれないが)味気なく、できれば変えたいと感じている日々を、もっと良いものにできる。
今から相当昔に、孔子という人が、挨拶や礼儀作法、儀式、遊びから感情に縛られないように自分達が望む日を送れるヒントがあると考えた。
・挨拶の持つ力
出会った人同士、それがよく知っている同士、それほど親しくない人同士でも、
「おはよう」
と声を掛け合うことで、これまでとは違う日を送れる可能性を作っている。
孔子はそう考えた。
(必ずお互いにとって良いものに変えられないかもしれないが)
もちろん孔子が現れる前にも、挨拶、冠婚葬祭といったものはとっくに存在していた。
しかし、この挨拶に人とは違う意味、視点を持たせたのはこの孔子が初めてだった。
・我々が挨拶にうんざりするワケ
今まで、挨拶なんてものは、支配者、管理者側が自分達を従わせるためだけにあると私は思っていた。
(単にそれだけという者は多いのだろう。人と自分の関係性の意義を感じられない者達に孔子の狙いが分かっているとは到底思えない)
一方、理解している者同士なら、その大切さを実感して、一見面倒な挨拶でも進んで行っていくだろう。
(好意や敬意を持っている者同士なら、特段深遠な教えは必要ないとも言えるが)
自分の生活や感情にしばられすぎて決断することや、行う振る舞いが実は間違った方向へと向かってしまう危険。
自分に正直に、欲に突っ走る行為が善と思われてきた時に、それとは違う態度で事に挑む姿勢。
孔子は自分の感覚や感情に振り回されないように、物事を決めていく方法を小さなことに求めた。
あらゆるものが変化がひたすら繰り返される世界。
安定や絶対が何もない場所。
しかし、そこはいつでも自分達で変えていける所なのだ。
・サンタだって
サンタクロースが実際にいるか、どうかはこの際問題ではなく、
自分と他人達ががいつもと違う空間を感じ、味わって、特別な時間を共有することが大事。
遊ぶことや挨拶などにそんな意味があると教わった人は実に少ないと思う。
(種明かしをしてしまうことで、かえって形だけの行いになってしまうかもしれないが)
仮に一度だけでも丁寧に説明してあげれば、子供、生徒達は挨拶や儀式に意味を感じて、自分なりに行動で形にしていくだろう。
そうすることなしに力ずくで言い聞かせたり、従わせようとしてもうまくいかないばかりだ。
普段、自分達がすることの中にはこんな意味が込められているのか、と教えないのでは、聞かされている人は物事に強い関心を持たなくなってしまう。
(教える側が自分達の生活や雑務で手一杯なら)教えることを最小限にしぼっていけば良いのでは。
こういった教えや考え方は汎用性が高い。
より細かいことは自分達で意味を探し、作っていくことだろう。
・(注 この本には孔子以外にも東洋哲学を代表する人、孟子、墨子、老子、荘子が登場するが、ここでは彼等について触れることはできなかった)
(本のタイトルに”エリート”という言葉こそ入ってはいるが、この本自体無意味な難解さ、もったいぶった言い方は見つからず、それほど完読するのに苦労はしないと思う)
・補足、飲茶の意味
中国にある(というかどこでも普通に行われているだろうが)出会った人同士お茶一杯を所望する行為、飲茶。
(現在では人と中華点心をつつくことを指すが)
あの意味は、
「私はあなたがどこからきて、どこへ向かうかは分かりません」
「しかし、今は出会えたことを嬉しく思います。」
「さぁ、お茶を一杯楽しみましょう」
そんな意味が込められている(私はそう思っている)
口ぐせを変えればうまくいく
これは簡単!
(借金2000万円を抱えた僕にドSの宇宙さんが教えてくれた超うまくいく口ぐせ
小池 浩 著 サンマーク出版)
・自分はすごい
「私は素晴らしい!」
普段から自分にそうつぶやけば、それだけで道が開けていく。
逆に、
”何もかもうまくいかない”はダメ。
この世界は、
毎日のつぶやき→潜在意識→宇宙に伝わり、実現する。
こんな感じの仕組みになっているため、宇宙はその人がつぶやく言葉を叶えようとする。(宇宙そのものに、その願い事が起こっていいのかという善悪の判断はできない)
宇宙とは一人一人の願望のエネルギーを増大させる場所らしい。(ちなみに、この本では宇宙=神という言及はない)
・うまくやるにもコツがある
宇宙にうまくお願いするときは形を完了形にすること
1000万円手に入りました。
病気が治りました。
という具合に。
・”ありがとう”が身を助ける
普段から何気なくつぶやいている否定的な言葉を打ち消すには、この”ありがとう”がとてもよく効く。(現時点で最強だろう)
私達は日々、様々な場所で悪意ある輩に不当な目に合わせられたら、傷ついた自分の潜在意識を治療してやらねばならない。(気分が悪いままで宇宙にお願いはしないこと)
それが”ありがとう”だ。
この本では1日500回言えと書いてあるが、最初からは無理だなと感じたら、50回、できるようになったら、100回と始めてみてもいいかも。
・鍵はこじつけること
一度何かを願ったら、長い気持ちで待つことが必要だ。(突然叶ってしまうこともあるだろうが)
今までの自己破壊的なささやきや、考えが消えたわけではないのだから、それらに勝つには多くの場合持久戦となるだろう。
となると、一見夢から遠ざかっている出来事に合った時にも気持ちを曲げないことが肝要となる。
この疑いや気弱さを打ち消すにはひたすら願い事は叶うと念じる必要がある。
どんなことがあっても、全てが夢につながっているということを。
一つ例。
たくさんのお金が欲しいなら、口ぐせを、
私には十分なお金がある。(現時点ではそれとはかけ離れていると思えても)
にして、それを他のことと強引に結びつけること。
例えば、
今日はお腹いっぱい食事ができた。
自分には健康な身体が備わっている。
だから
私には十分なお金がある
と言う具合に。
・能力は与えられる
我々が願った時、この世界では必要な能力を補ってくれるようになっているらしい。
自分がその力を授かるのか、力を持った人が自分を助けてくれるのか、単に運が良いだけなのかは、その時にしか分からないが。
・謹んで提案を
ところで、この本で人生は映画なのだから、どう終わりたいかをはっきり決めろ、と書いてあった。もちろん異論はない。
確かに映画は主人公が苦難、危険を越えて、最後のシーンでは彼、彼女と周りの人達が強力に祝福されて終わるものだ。
それは映画を観ている者には良いことだが、現実ならどうなのだろうか。
それよりもっと良いのが、障害や危機をできるだけ減らし、人生の早い段階で幸せになる方がもっと良いと私は思っている。
人生の最大の喜びが生涯を閉じる寸前では寂しすぎる。
そうでなくとも、身体や心が健全で楽しめる時間がたくさんあった方が幸せに決まっている。
それに莫大な資産を人生の晩年手にしたところで使い道がない。
持ち時間がなくなり、事後処理に失敗すると、自分の死後、その大金を巡って身内同士で醜い争いが起こるだろう。
そんなことでは安らかに成仏できない。
この世が映画で自分が主人公であるなら、放映時間の配分、調整、編集が必要だ。(自分にとって不要なキャストを減らすことも言うまでもない)
まだ何をやっても楽しめる時に大金や贅沢にありつけて、気が済むまで楽しんで、飽きたら誰かにその富を譲り、天に召される方がより良い終わり方である。
願えば叶う
絶対実現する!
(ザ・シークレット ロンダ・バーン 著 山川紘矢 山川亜希子 佐野美代子 訳 角川書店)
・引き寄せ=いつも考えていること=実現
人は誰もが毎日、頭に浮かべていることを無意識に形にしてゆく。
それが本人にとって望んでいるか、そうでないかは一切関係ない。
一生懸命努力しているかどうかも無関係。
・人類が持つ最大の秘密
引き寄せの法則(ザ・シークレット)は昔から知られてきたが、これまでは限られた者にしか伝わらなかった。
いや、それを信じることができなかった者が多かったと言った方がいいかもしれない(確かにそのようなことは学校、家庭、会社では教えてもらえないことだ。)
しかし、あらゆる情報がすぐ知れ渡るインターネットと、この本”ザ・シークレット”が世界に現れてからは状況は全く違ってくる。
発売してすぐに全世界で、自己啓発本としては前例のない売れ方をして、この日本にも、この本に追随するものが今も後を絶たない。
残念ながら、この法則に断固として認めない人は昔から確実にいた。
そんなものはまやかしで気休めにすぎないと。
しかし、この考えに触れたほとんどの者は、心穏やかにそれを受け入れ、実践し、当時想像を絶する苦境から脱出して、自分達が望んでいた以上の富や幸せを手に入れたと報告している。
人種や性別、年齢を問わず、障害、国境を越えて。
ということはその法則を信じてもいいということだ。(書いている人達全員が、ウソをついているとは考えにくい・・・)
・鍵は気分を良くすること
ただ、この法則はうまく働かせるにはコツがあり、行使する者の気分が良い時に始めること。
逆にいまいちその気にならないなら、まずはリラックスして、気分を良くすることに専念する。(休んだり、遊んだり、食べたり)
気分が持ち直したら、自分の願い事を形にすること。
時間、健康、長寿、友情、豊かさ、など何でも。
紙に書いたり、声に出したりして。
(その形にしたものを、形見離さず何度も見直すのか、または一度形にすれば、もうそのこと自体を忘れるべきなのかは願った本人との相性による。)
・宇宙はただ与えることしかない
大変誤解されやすいのだが、本人の願いや目標がどんなものであれ、叶えるのは人間ではなく、それ以外の力によるものである。
それを神と読んだり、宇宙と読んだり。(好きに呼べば良い)
願う時点でどう叶えるのかは人間の考えることではないと言っている。
願い事に制限はなく、本人の気が済むまで何度でも繰り返せるらしい。
自分を超える存在を信じて、やるべきことをやって、気長に結果を待てと仰る。その過程全てを楽しみながら。
一方で、苦しいだけ、何も意味もなく面白くない過程は偽物である。
(我々が習ってきたことは、目標や願望は死力を尽くして達成させるもの。そのプロセスは孤独で厳しく、あらゆる楽しみを犠牲にすべきとかなんとか。。。?)
・この世にはびこるウソ
実はこの本の作者、共同執筆者達は、この世界に蔓延しているウソに警鐘を鳴らしてもいる。
世界はあらゆるものが不足している、と言うことを。
作者達は、そのウソこそが人同士に猜疑心を植え付け、最終的に武力衝突させるデマなのだと。(だから筆者達はTVで流れているニュースを熱心に聴くことに反対している)
世界には人にとって大事なものは充分足りている。
食べ物、水、富、自然、教育、何でも。
足りているならば、必要なことは協力。
競争はもはや必要ない。
なお、この”ザ・シークレット”はDVDにもなっていて、各界の著名人豪華キャストが力強く、時にはおかしく視聴者達に語りかけている。(時間は90分ほど アウルズ・エージェンシー販売元)
これを繰り返し聴くだけでも、沈んだ気持ちが変わってくる。
ピンチはチャンス
もう後がないと思ったら
(お手上げの法則 幸せが無限に舞い降りる 大木ゆきの 著 大和書房)
・お手上げ=人生のどん底=最大のチャンス?
もう自分にできることは何もない・・・実はそこからが人生の復活の始まりなのだ。
その時に怪しい人物が(あるいは本が)今までに聞いたこともない方法で自分を導いてくれる。
このことを体験したという人は後を絶たない。
ありがたいことに、そこで必要とされる要素は出身、職業、性別、年齢、コネなどは要らないらしい。
教えを素直に信じて実践すること、その教えを貫くことを覚悟をすることだけでいい。(しかし、無理難題や命を危険にさらす無意味な実践は不要)
始めの一歩はそんなに簡単なことでいいのかと思ってしまうほどだ。
・どん詰まりの主人公
この本の主人公は仕事も私生活も、まるで幸運や奇跡にありつけない中年の社会人。
少しも満たされない日々、なのに後から来た人達に幸せを追い越され、その疲れから意識がまどろんでいて書籍店で手にしてしまった、意味不明な本。どん底からの復活劇。
さらに、その帰り道におかしな初老の男性に出会う。
なんだか普通の人という範疇からずれてはいるが、主人公を真剣に心配しているらしく、話していることも自分に深く関わっていることばかりでつい、耳を貸してしまう。
そこから始まる復活劇は最初こそ信じがたいものだったが、物語が進むに連れ突然意味を持つようになる。
・人生折り返しにて起死回生
主人公は過去に自分はこうしたら幸せになれると信じてきて、そのための学業や仕事、私生活に活を入れてきた。
しかし、何一つ叶わなかった目標と、逆に自然に叶えれる人々に置いていかれ、後悔と自虐の日々を送っていた。
もうこれ以上自分を追い込む気概さえ持てない時、この本に出てくるお手上げ老人(人間ではない)に出会う。
・そこで救いを得られる教えの数々。
昔からよくある自分に厳しくするやり方や教えは一切ない。
むしろ、自分を責めることなく大いに認めてやること。
空白の時間を作って、外部の雑音を断つこと。(現在は情報が至る所に飛び交っているため、人間の見えない危険をとらえるセンサーも大いに狂ってしまう危険にあふれている)
中でも、
人は自分が思うよりもラクに幸せになっていいこと
苦行や、すごいことをして変わろうとしなくていいこと
は、主人公にとって、とてつもなく安堵感、幸福感を得られた。
・宇宙の続く教え
老人とは、実は宇宙の代理人ことらしく、そこでは人は誰もが生まれる前に住んでいた場所であるとのこと。
この世に生を受けて、宇宙にいた頃の自分を忘れてしまったらしい。
この地球にやってきた理由は何でもできてしまう自分を思い出すゲームだと言う。
老人の主張ではどんな人でも、自分が願っていることや、理想の生活は送れるらしい。
一番まずいのは、自分が欲しがっていないことばかり思い煩って、それが実現してしまうこと。
人の心は常に心に浮かぶことを形にしようと働きかけるのだから、イメージは幸せなもので満たされていなくてはならない。
情報が莫大に増え、そのスピードがすさまじく速くなった現在、人は本来生存のために使っていた外部危険察知能力が過剰に反応してしまい、必要でないことに膨大な時間と気遣いを使うようになってしまった。
その本能に振り回されては徒労感に襲われてしまう。
まずはリラックスすること。
次に自分の行きたい方角へ意識を向けること(望まないことを考えないこと)
困った時には宇宙に具体的にお願いすること。(宇宙には帰納より演繹の方が良いとのこと)
我々には信じられないことを、たやすく引き起こしてしまう力が誰にも備わっているらしい。
その自覚と絶対に自分の願いを叶えてやるという決意があればいい
本でこのノリは・・・
・感謝だけでいい!
(感謝で思考は実現する パム・グラウト 著者 桜田直美 訳 サンマーク出版)
”感謝”すれば、ありとあらゆる夢が叶う!
この本は真面目にそう言っている。
最初だけかと思いきや、最後までこの調子が続いていく・・・
少しは真剣に物事を説明したり、解説したりした方が良いんじゃないか?(一応してくれてはいるが、なんだか面倒くさそう・・・)
全部で3章に分かれているが、どの章も関連は薄そうで、それも適当に名付けられているような気がしてならない。
・この本もそうなのか?
この手の本には良くあることだが、自分に対するこれまでの不愉快なこと、いわれのない不当な扱いにも感謝して見せろと言う。
今のところ私がこの本に付き合っているのは、それを作者が読者に説教をしたり、強引に教唆したりするのではなく、リラックスしてゲームをしろと言っているからだ。
本心から納得したり、受け入れたりしなくて良いと意味だと思う。(私はそう解釈している)
3章のパーティーゲームと称された遊びは20個ほど紹介され、実際にあった話も添付されている。
・具体例もいいかげん?
繰り返し言うが、この本は科学的根拠が薄く、あってもそれぞれに因果関係を作ってはいない(本人そうが言い切っている)
一つ例に挙げると、
・パーティーゲーム12 シャーロック・ホームズになれ
ある二つの文章を読み比べて、気分が良くなるのはどちらか、という質問をしている。
それが二題ほど出てくる。
一つは犯罪に関する文章(AとB。Aは短めで犯人に対して言い方がきつい。Bは犯人に対するこれまでの過去や現在の状況を説明している箇所があり、味方も多分に同情的である)
二つ目は難民に関する文章(同じく)
Bを意図的に気分が良くなる文章にしてあるが、作者は気分がそうなる文章を選んで読んでいけと言う。
ただ、あの世界的に有名な架空人物シャーロック・ホームズと何の関係があるのかは分からないが・・・
そして、実際に起こった人の例は、過去にひどい事故で満身創痍になってしまい、普通に歩いたり活動したりできないと、診断された人が健康体を取り戻したというもの。(ここでは感謝して克服したり文章を読んだりでなく、何かを決意したという側面があるが)
それぞれの文章にそれほど整合性があるとは思えないが、この本はある種の強引さが特徴なので、まぁそれもいいかと思わせてくれる。
どの遊びも読者に難しい要求はしておらず、本当に軽いノリでやってみろと促している。
本という物をただ真面目に捉えていると、この手の物には肩すかしというか意表を突かれてしまう。(頭が固い人達は怒ってしまうかもしれない)
だからこの本も何かを学んでいきましょうと言うよりは、気分が良くなるために読んで、気が向いたら試してみてという具合だ。
・とにかく、感謝して自分の人生を楽しめ!
パム・グラウトが本で主張しまくっているのは(この部分だけは真面目に)固く考えすぎていては事態はややこしくなるだけということだ。
ラクにして、楽しんでいれば、いわゆる奇跡などというものは簡単に、しょっちゅう起こるようになる。これは本人も保証している。
間違いや失敗に囚われすぎると、かえって脳がそれらを再現しようとしてしまうので、できる限り良いこと、起こって欲しいことだけを考えろと。
この本とは別に書かれていたが、作者自身、ひどい過去や出来事に見舞われた時期があり、心底落ち込んでいたらしい。
しかし、この本と、これまでの著作でこの感謝の連続で幸運の連続の毎日に恵まれたとか。
ビジネス書、自己啓発書のカテゴリーでそれらの堅苦しさを笑い飛ばす姿勢で、この本は出来上がっている。
確かに真剣にならなくてはいけない、楽しんでいたら変われないと決めつけるのはおかしいと私も思っていた。
狭い見方に囚われず、心から何かを楽しんで、疲れも感じず、夢中になっていた方が信じられない結果を出していたということが良くあるはず。
誰でもできる自己啓発実践本
(成功の掟 若きミリオネア物語 マーク・フィッシャー 著者 近藤純夫 監訳 上牧弥生 訳 日本能率協会マネジメントセンター 出版)
自信がつく小さな一歩
・この本の教えを実行できない人など絶対にいない!
この本の良いところは実際にやらなければいけないことが、とても少ないこと。
1、 目標を紙に書く、
2、 その紙に期日を入れる、
3、 自分を認める言葉を繰り返し唱える。
たったこれだけである。
これならどんなに学習や行動力に自信のない者でもできそうだ。(この文章を書いている私も)
現在までに発売されている数々の本の中には、実際に行動に移す項目が多い物もあり、それが読者に暗に圧力をかけてしまう。
この本は、すぐに, 誰にでもできる内容になっているので 、自己啓発の始めの一歩にうってつけであろう。
この本を実践してから、他の自己啓発書を読めば、行動に弾みがつくはずである。
・ 始まりはよくある話
話は、これまで労働に従事してきた31歳の青年が手持ちの金額がほとんどなく、これからの自分の人生の展望も全く見えずにいた。
それを見かねて、彼の叔父が困っている甥に郊外に住んでいる、ある一人の老人に会いに行けと言う。
彼が老人に一筆添えた招待状と共に。
向かった先には大きな屋敷があり、そこで守衛が主人公と老人の取り次ぎをしてくれる。
屋敷から出てきた老人は若者に億万長者になるための秘訣と、心構えを若者に説いてゆく。
成功の掟は、(ここで言う成功とは金銭的という意味で)最初の一歩は驚くほどあっけないことから始まる。
・実践1
それは自分が欲する金額を紙に書くことである。
なんとなくではなく、はっきりとした金額を。
ただ大金が欲しいではなく、例えば1000万円欲しいと決めること。
・実践2
次に、いつまでにという期限を決めて紙に書くこと。
ただ、ここで注意することは現時点の自分にとって、あまり大きな金額では逆効果らしい。(人によっては、1000万円を1年以内とするか5年以内とするかで難易度が変わってくるはず)
ここでは紙に書いたら実現するという仕組みをまずは体験し、それを続けていくためにも無理がある数字は最初は避けた方がいいかもしれない。
なお、この時点で、どうやって稼ぐかに関しては深刻に考えなくとも良いらしく、老人に言わせれば人間の無意識にとやらに任せとけと言う。
悲しいことに、ほとんどの人達が自分の可能性を閉じてきた習慣を身につけてしまってきたがために、この単純な方法を知った時に突然懐疑的になってしまう。
・実践3
そこで自分の持つ潜在能力を引き出す(この教えを素直に実行する)ためのキーワードが”言葉”らしい。
”言葉”とは自分に向ける言葉のことで、普段から自分を肯定する言葉を繰り返し唱えていくことが大事なのだ。
何でも良いが、老人の勧める言葉は、
・毎日、全てにおいて私は向上していく。
・心を静め、自分が神であると知れ。
である。
特に目安はないが、老人は1日50回が最低限、できればそれ以上と言う。(50回と言うと始めは大変そうに聞こえるが例えば、歩きながら、風呂に入りながら言ってみるなど工夫すればあっという間にできる!)
この本の主人公に限らず、我々は(正確に言えば我々の脳が)日常から恐怖や疑念、後悔に敏感になり、それらに囚われやすくなってきた。(学校、家庭、会社などで一方的に命令され、怒られてきたからかもしれない)
長いこと染みついた、それらの呪いを解くにはやはり時間が必要になることが多い。(運が良ければ一瞬で変われるかもしれないが)
・失敗大いに結構!
ところで、自分の夢、目標を書いてみろと言われても、だからといってスラスラできる人は少ないかもしれない。
仮にできても、後に変更が必要になったり、その数字自体が間違っている可能性はある。
しかし、適切な願い事、目標などを間違えて決めてしまったても、またやり直せば良いだけの話だ。
・教える老人はデキた人!
この老人は(世に珍しく)主人公に押しつけがましい説教や、彼の欠点をあげつらうという素行の悪さはなく、彼の人格を最大限に尊重しながら、彼に受け入れやすくアドバイスをしてゆく。
分かりやすく、興味を引く形で話をしてゆく姿には読者も思わず話の先を聞いていたくなるほどだ。
何よりこの老人は、決して嫌な人間ではないので(羨ましい!)共にいられるだけで気分が良くなる。
老人と主人公のやりとりは少なく、出てくる教えや例え話も多くはない。
しかし、どれも深い話で日常生活に応用しやすいものだ。
この本は、知らなかった知識をたくさん覚えようと仕向けているわけではない。
ごく簡単な、しかし、とても大切な簡単な原理と固い信念の構築を試みる。
老人の教えを受けた主人公が老人と別れた後、どんな過程で億万長者に(この本の言い方では百万長者)なったかは書かれていない。
おそらく、この後も多くの人達との出会い、教え、ある程度の幸運があったかもしれない。
しかし、この老人の教えが何より大切であったことだろう。
この老人の教えは現代の極端に情報が増えてビジネスのあり方も激変した今でも、どんな境遇の人達にも活かせる教訓だと思う。
もちろん保証はできないが、多くの費用を必要とするわけではないので、試してみる価値は充分にある。
ひょっとして叶ってしまうかも・・・